長浜の旅(2) (2014.7.18)

昨日書き落としたことがある。近江は戦乱に巻き込まれることの多い地であったので、今回拝観した仏像全てが地元民の保護のもとに今日まで残っているという事実。そして、当番制などでお守りを続け、観光客への案内などもしてくれている。

2日目は、竹生島に行き、都久夫須麻神社と宝厳寺を参拝した。2人の友人が、私の癌治癒を願って「かわらけ投げ」をしてくれた。写真を撮りながらジンときた。

午後からは、長浜城(25年前に再建)、黒塀通り、曳山会館、大通寺を見学した。
城を見学しながら、石田光成は関ヶ原の合戦に負けた後、何故家康のところに単身出向いたのかという昔からの疑問を思い出した(司馬遼太郎「関ヶ原」)。

曳山会館で見た映像には、子供歌舞伎が祭りの山車の出発前と到着時に行われる様子があり、文化の程度と言うか、深さと言うか、そういう歴史の積み重なったものを垣間見た感じを受けた。

大通寺は、かつては石山合戦の折、門徒側の一つの根拠地でもあったという。壮大な建物が今にその様子を伝えている。丸山応挙の絵などがあるのだが、採光がよくなく十分鑑賞できなかったのは残念。

帰宅したのは夜7時半ごろ。疲れたが収穫の多い旅であった。

写真:長浜城画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

AKKIY
2014年07月19日 05:28
最近、建築に興味をもつようになったことから城の画像を拝見していて、破風が唐破風と比翼破風というのでしょうか、組み合わせと大きさの均衡がとれているように思いました。

 また、「かわらけ投げ」には友情を感じました。
和心
2014年07月19日 09:48
AKKIYさん:建築の観点で振り返ると、大通寺の裏門、豊国神社の本殿、竹生島の神社の唐破風の門など、記憶に強く残りました。機会あれば足を延ばしてみたらいかが?

この記事へのトラックバック